ジャンル: BLUESアーティスト情報

BYTHER SMITH
2008.09.10

 

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PHILLIP WALKER
2008.09.10

1937 年ルイジアナ生まれ。クリフトン・シェニエのバンドで活躍し録音も遺す。50 年代末からLA に移り、59 年に自己名義で初録音。79 年に来日も果たした。

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DAVID KIMBROUGH JR.
2008.09.10

伝説のブルースマン、ジュニア・キンブロウの真の後継者となる息子デイヴィッド・キンブロウ。

6歳から父親の下で音楽を始めるが、10代後半に麻薬に溺れ、ついには強盗を起こしてパーチマン刑務所に収監される。

服役中は刑務所バンドで活動、全国ツアーを行う。7年半後に仮釈放され94年ファット・ポッサムよりデビュー・アルバム『I Got The Dog In Me』をリリースした。

父親のジュークジョイントを中心に順調に活動していたが、98年の父親の死により人生が狂い始め、事件を起こして再びパーチマン刑務所に収監されてしまう。

2005年2月の仮釈放後、『シェル・ショックト』を新たな出発点として制作。

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CARLOS JOHNSON
2008.09.10

2004年5月。カルロス・ジョンスンはジャパン・ブルース・カーニヴァルのステージに立った。1989年にヴァレリー・ウェリントン(故人)と共に日本に来て以来、実に15年振りの来日であった。既に出演が決まっていたオーティス・ラッシュが脳梗塞に倒れ、彼をサポートするために急遽決まった来日であった。カルロスの名前がコールされ、“I Wonder Why”を弾き始めた瞬間に会場全体が総毛立った。スクィーズするギターの一音一音が心に突き刺さる。オーティス・ラッシュが登場し、その側で全身全霊を込めてギターを弾くカルロス。大きな拍手と歓声に包まれたのは言うまでもない。  その年の3月、Pヴァインが独自に制作を行い、世界のブルース・ファンにアピールする作品を作り出すという「新録ブルース企画」の第一弾として『ドント・メス・ウイズ・ザ・ブルースメン』(PCD-25020) がビリー・ブランチとの共演盤として発売された。長いキャリアにもかかわらず録音数が極端に少ない彼にとって、実質的に初めてのアルバムであった。

来日時の打ち合わせで「ライヴこそが私の魅力を引き出す」という彼の言葉を受け、ライヴ盤制作のプロジェクトがスタートした。  このレコーディングの為に特別に編成された<シリアス・ブルース・バンド>のメンバーは…  シカゴ・サウスサイドの生まれのカルロスは、クラシックとジャズが好きな父と、カントリーとブルースが好きな母に育てられた。ギターは独学で始め、60年代はロック・バンドで演奏していたが、70年代に入ってからブルース・シーンで活動するようになった。そのエモーション溢れるプレイは多くのミュージシャン、ブルース・ファンを魅了している。アルバムは前述したアルゼンチン盤とPヴァイン盤の他に、2004年に日本のミスター・ケリーズから発売された『イン・アンド・アウト』がある。  サム・グリーンはカルロスのバンドのレギュラー・メンバーであり、長年に渡って彼を支えてきた屋台骨である。  キーボードのデイヴ・ライスは16歳からプロとして活動を開始し、サウス・イリノイ大学で音楽理論を学んだ。10年以上に渡るオーティス・ラッシュとの活動の他にルーサー・アリソンやバディ・ガイ、そしてロバート・プラントやジミー・ペイジなどとも共演経験がある。現在は音楽教師をしながら自らのビッグ・バンドなどで活躍中。2006年の完全オフ日は僅かに4日しかないという超売れっ子でもある。今回のレコーディングに際しては、アレンジや音楽監督を務め、影の功績者といえるであろう。  ドラムのジェイムズ・ノウルズは、カルロスと同じシカゴ・サウスサイドの出身で、やはり10代の頃からミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせている。これまでにシュガー・ブルー、メルヴィン・テイラー、アル・グリーン、タイロン・ディヴィスからR. ケリー(!)まで、幅広い活躍で知られる敏腕プレイヤーである。 (テキスト:高橋 浩 / a.k.a. 江戸川スリム)

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DUWAYNE BURNSIDE AND THE MISSISSIPPI MAFIA
2008.09.10

伝説の北ミシシッピ・ブルースマン、R.L.バーンサイドの子供達の中で、実力・才能とともにトップを行くのがこのドゥエイン・バーンサイドだ。

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THE BLUES POWER
2008.09.10

永井”ホトケ”隆×沼澤尚×中條卓×KOTEZによる

スーパー・ブルーズ・バンド、鮮烈デビュー!

昨年1stアルバム発売日にギターの浅野祥之が他界するという

悲運に見舞われたザ・ブルーズパワーの永井ホトケ隆(vo&g)と

沼澤尚(drs)が亡き浅野氏のブルーズへの熱い意志を受け継ぐべく新たに結成したblues.the-butcher-590213(通称:ブルーズ・ザ・ブッチャー)。

ベースに中條卓、ハーモニカにKOTEZを加えた4ピースで07年6月から活動開始、そして結成1年を迎え完成させた1stアルバムを6月20日リリースします!

1970年代に伝説のブルース・バンド「ウェストロード・ブルースバンド」のヴォーカルとして活躍し、以来35年以上も日本のブルース・シーンを牽引してきた永井“ホトケ”隆が浅野祥之(g)、沼澤尚(dr)とともに結成した新バンド「ブルーズ・パワー」。

ザ・ブルーズパワーのギタリスト、浅野祥之氏が4月20日に肺炎のため逝去されました。心よりご冥福をお祈り致します。

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NYUDOW
2008.09.10

日本におけるブラック・ミュージック系ヴォーカリストの第一人者であり、 1970年代初頭から活動を開始しているヴェテランである。上田正樹や憂歌団らと同時期に、ブルースハウス・ブルース・バンドという、 現在では日本のブルースの伝説ともなるグループのシンガーとして関西で本格的活動を始め、以降数多くのスタジオ・ワークをこなし、 また70年代半ばに当時トリオ・レコードから発表した、Nyudo & Prophet 「おいしい水」(PCD-5115『黄禍 Vol.2』収録)は、 クラブ・ジャズの名作として、特にヨーロッパのクラブDJ達の間で高く支持されている。ここ約10年間は、 自身の主宰するヴォーカル・スクールにも力を入れ、女性R&Bの人気シンガーであるティナとDOUBLEも入道のレッスンを受けている。またシンコー・ミュージックからヴォーカル教則本も出し、重版を続けている。

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ELMORE JAMES
2008.09.10

1918年ミシシッピ州生まれ。
63年に突然短い生涯を閉じるまでの10年間の活動でブルースの伝説となった不世出の天才ギタリスト。
強烈なスライド・ギター・スタイルで革命を起こし、ブルースからロックが誕生する道筋に永遠にその名を刻まれることになった真の偉人。

あのロバート・ジョンスンに手ほどきを受けたという逸話が残る。
彼の独特のスライド・ギター・スタイルは後にハウンド・ドッグ・テイラー、エリック・クラプトン、デュアン・オールマンなどに大きな影響を与えた。
「ダスト・マイ・ブルーム」「スカイ・イズ・クライング」など今やスタンダードとなった名曲の数々を生み出した。

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B.B. KING
2008.09.10

1925年9月16日Indianola, Mississippi出身

本名ライリー・B・キング。1925年、ミシシッピ州インディアノーラ近くのイッタ・ベナに生まれる。(1943年にインディアノーラに移った。)幼少の頃より農場で働くかたわら教会でゴスペルを歌っていたが、成長するにつれレコードやラジオから流れるTボーン・ウォーカーやロニー・ジョンスンなどを聴いてブルースに親しむようになる。46年大都会メンフィスへ赴き、従兄弟のブルース・ギタリスト、ブッカ・ホワイトのもとで10ヶ月を過ごす。この時ホワイトの手ほどきによりブルース・ギターに開眼、チャンスを求めて48年には本格的にメンフィスに移り住んだ。キングはすぐに黒人ラジオ局WDIAでDJの職を得る。その時の愛称“Beal Street Blues Boy”(ビール・ストリートはメンフィスの目抜き通り)が後に“Blues Boy”に省略され、さらに短くなり“B.B.”となった。

1949年ナッシュヴィルのブレットに初録音を行った後、ロス・アンジェルスに拠点を置くビハリ兄弟のRPM(後のモダン/ケント)と契約を果たす。その頃のメンフィス録音では後にサン・レコードを興すサム・フィリップスがプロデュースをしていた。そして51年「3オクロック・ブルース」が最初のR&Bチャート1位を獲得。モダン/ケントに在籍したこの黄金の10年間でキングは30曲近くチャート・インさせ“ブルースの王様”としての地位を不動のものとする。

1962年ABCパラマウントに移籍。64年発表の『Live At The Regal』など数々の傑作ライヴ・アルバムを発表するなか、70年に「ザ・スリル・イズ・ゴーン」がポップ・チャート15位という最大のヒット、初のグラミー賞も受賞しキングの名はブルース・ファン以外にも広く知られるようになる。ロック、ジャズ、フュージョンなど様々なジャンルのアーティストと共演し、常に新しいことにチャレンジし続けたキングは、70~80年代にかけてもコンスタントにヒットを飛ばしていった。87年には<ロックンロールの殿堂>入りも果たす。90年代に入ってもキングは精力的にツアー活動を続け、93年にジョン・リー・フッカーやバディ・ガイらと共演した『Blues Summit』という傑作アルバムも発表。2000年にはエリック・クラプトンとの双頭アルバム『Riding With The King』を、そして80歳を迎えた05年にはエルトン・ジョン、ロジャー・ダルトリーなど多彩なゲストを擁した『80』を発表している。

糖尿病を患いステージでも椅子に座って弾くことが多くなり、残念ながら06年をもって海外ツアーから引退することを表明したキングだが、愛器「ルシール」とともに未だ現役として活躍し続けている。チョーキングを主体とする独特のスクィーズ・ギターを生み出し、後に続く多くのギタリストに多大な影響を与えたB.B.キング。まさに“ブルースの王様”と呼ぶに相応しい偉大なるブルースマンである。

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