ジャンル: CLUBアーティスト情報

BJORN TORSKE
2008.09.10

ビョーン・トシュケはノルウェイのエレクトロニック・ミュージックの首都、Tromso出身(トロムソ:はほぼ北緯70度に位置する北極圏最大の町)。 この街はロイクソップやMental Overdrive、Biosphereなどを送り出しています。Geir Jenssenを通じて、TorskeはベルギーのSSR/Crammed Discsとのコンタクトを持つようになりました。そして1991年、Crammedから二枚の12”シングルをカットしました。 その後オランダのDjax-Up-Beatsレーベルがトシュケをフックアップし、そこで数枚のシングルを発表しました。また、4ヒーローのディーゴとマークのレーベルとして知られるReinforced Recordsにも、トラックを残しています。 それからトシュケはノルウェイのベルゲンに移り住み、Biosphereのライヴでキーボードを演奏するようになりました。 またこの頃Geir Jenssenと共にツアーをまわります。Djax-Up-Beatsから1995年にアルバムを発表、その後の数年間は一枚のシングルをPer Martinsen’のLove ODレーベルに残すのみで、しばらくはDJに専念する事になりました。 その制作の沈黙期間が、彼のキャリアに少なからぬインパクトを残します。アムステルダムでは≪Fleet≫がクラブ・ヒットになり、DimitriやDerrick Mayのお気に入りとして度々スピンされました。そうしてFeroxのボスであるRuss Gabrielに、彼のサウンドが渡ります。 Russは即座にトシュケに電話を入れ、ディールを結び、アルバム≪Nedi Myra≫の誕生となりました。 ノルウェイでは彼の仲間であるロイクソップやSvein Berge、Torbjorn Brundtlandもベルゲンへやってきて、新しいアクトやクラブ、レーベルがこの町に生まれ、音楽シーンが活況を呈しました。 その間再びビョーンはシングルの制作を開始、素晴らしい楽曲をSVEKに残しています。 98年に友人のMikal Telleがあの<Telle Records>を立ち上げると、彼もそこに招かれ、このレーベルの一員となりました。そこでは≪Disco Members≫を2000年に発表しました。また、SVEKにも≪Aerosoles≫という素晴らしい作品を残しています。その後再びTelleで「Trobbel」というアルバムを発表。 また、友人のロイクソップの楽曲 “Eple”をリミックス、これがインターナショナル・ヒットとなって、その後ロイクソップの名は世界的に知れ渡るようになりました。2002年にはロイクソップと共にヨーロッパをツアーしました。

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RAZ OHARA & THE ODD ORCHESTRA
2008.09.10

アルバム『Realtime Voyeur』(Kitty-Yo) [1999年] でデビュー。

セカンド・アルバム『The Last Legend』(Kitty-Yo) [2001年] をリリースしたのち、アレキサンダー・コワルスキーやBPitch Control周辺のアーティストの作品などに主にシンガーとして参加、セルフ・プロデュースによる自らの名義の作品発表も続けながら、シングル単位でのリリースを続ける。

またリミキサーとしてエレン・アリエンの作品を手がけるなど多岐に渡る活動を行う。

2007年、以前から親交のあったアパラットの傑作アルバム『ウォールズ』に参加したことでシンガー、プロデューサーとして一躍脚光を浴び、遂に2008年、ニュー・プロジェクト、ラズ・オハラ&ジ・オッド・オーケストラを率いて自身の作品では実に7年振りとなるアルバムをリリース。

今作は正に待望のラズ・オハラの日本デビュー盤となる。

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FEET
2008.09.10

フランス、パリを拠点に活動するバスティンとイズマールのプロデューサー・デュオ。

それぞれがフルート、ピアノを演奏するプロ・ミュージシャンでもある。ブラック・ミュージック、ラテン・ミュージックに大きな影響を受けた彼らはラスマス・フェイバーの<Farplane>レーベルから2005年に12インチ「Night Life EP」でデビュー。

その後は自身のレーベル<FEETprod>を立ち上げ3枚のシングルを発表、それら全てのシングルは世界中の著名DJから絶賛された。

「Night Life[Rasmus Faber Remix]」はラスマスのアルバム『2 Far』にも収録されている。

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THE BAKER BROTHERS
2008.09.10

イギリス南部の街ボーンマスを拠点に兄ダン・ベイカー(g, keys)と弟リチャード・ベイカー(ds)のベイカー兄弟に悪友のクリス・ペドリー(b)を加えた3人組。03年のデビュー作『Ten Paces』の日本発売とその後のジャパン・ツアーをきっかけにここ日本で大ブレイク。新たにヴォーカル曲やブラス・セクションを導入した06年のセカンド『Bakers Dozen』は国内セールス10,000枚を軽く越える大ヒット作となり、外資系CD店ジャズ売り場を中心に“もっとも売れるジャズ・ファンク・バンド” としての地位をゆるぎないものとした。3度のジャパン・ツアーはいずれも大盛況に終わっている。

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THE MICRONAUTS
2008.09.10

フランスのテクノ・シーンにおいてロラン・ガルニエやフレデリック・ガリアーノらに続く第二世代のトップ・プロデューサーとして米英でも高いプロップスを獲得、ダフトパンク、アンダーワールド、ケミカル・ブラザーズ、デス・イン・ヴェガスから果てはマドンナまで、多くのビッグ・ネームのリミックスも手がけるミクロノーツ。

ファットボーイ・スリムでおなじみの「ビッグ・ビート・ブティック」や、イヴァン・スマッグ、ダミアン・ラザルスも名を連ねる「バグド・アウト!」でもレギュラーでプレイするなどDJとしても多忙な生活を送る。

2008年、『Bleep To Bleep』以来実に8年ぶりとなるフル・アルバムが完成!

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THE PENELOPE[S]
2008.09.10

ギター、ベース、ハーモニカ担当のアレックス・バスキアとアコギ、ヂラム・プログラミング&エフェクト担当のヴィンセント・トレメルのふたりからなるエレクトロ・デュオ。 2002年頃から活動を開始、自主カットしたシングルがDJヘルに見初められてインターナショナル・ディージェイ・ジゴロのコンピにフックアップ、そのユニークな作風でヴィタリックを含む多くのクリエイターや早耳リスナーたちからその動向が注目されていた。 パリをベースとするフランス人とフィンランド人からなるデュオ、ペンロープ[ス]が奏でるデリケートでフレッシュな、しかしドラマチックでどこかデカダンスを匂わせる不思議なサウンドは、エレクトロニック/ダンス・ミュージックとロック/ポップの垣根を越え、大きなうねりを生み出そうとしている。 Regis Clinquartやアニエス・ベーなど、音楽以外のアート、カルチャー、ファッション・フィールドから火の着いたこのグループ。そのステージにおける立ち居振舞いは、モリッシーやニック・ケイヴのフォロワー的なキャバレー或いはメロドラマを想起させ、しかもダンス・ミュージックで、ヒューマンなぬくもりがある。彼らは、スペインのソナー・フェスやRex、Culture Club、Dourなどといったヨーロッパの主要なクラブ、さらにはヒューマン・リーグのアフターショウなど、様々なステージをこなしてきた。 ポストパンク以降(Fiction / Factory / Mute / Beggars / 4AD)のサウンドとシンセ・ディスコ、テックなジャーマン・エレクトロをミックスさせたユニークなスタイルは早くからDJ HELLを虜にし、彼のレーベル、インターナショナル・ディージェイ・ジゴロのコンピレーションにフックアップされるなど、アンダーグラウンドなクラブ・シーンで話題となっていた。 また、結局アルバムに収録されることはなかったが、当時リリースしたシングル盤「Steal This」はゴシック・バンド、シスターズ・オブ・マーシーの名曲「Alice」からインスパイアされたもので、好事家たちの格好の話題の的になった。2006年には仏インディペンデントでは最大手の一角であるレーベル<NAIVE>のアーティスト、Liquid Architectureにも楽曲提供、その才能が広く知れ渡るところとなった。 今では多くの音楽関係者たちからも注目される存在になったペンロープ[ス]。彼らがアルバム発表の場として選んだのは、ヴィタリックのレーベルとして知られる新興勢力「シチズン」だった。このフレッシュな組み合わせからどのような化学変化が生まれるのか、要注目だ。

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GLIMPSE
2008.09.10

グリンプスのアルバム『Runner』は、ハウスやテクノにジャズやソウルの要素を織り込んだ、斬新で魅惑的な音楽で形成された傑作に仕上がった。DJ MagやMixmagでは既に取り上げられている『Runner』は、確実に年間ベストに入ることだろう。

あらゆるジャンルを探究し、知り尽くした上で、真似できない独自のサウンドに作り変えるグリンプスは、真の革新者であると共に、DJやプロデューサーの間でも高い評価を得ている。典型的なジャンル間のラインを敢えて濁し、絶えず音の再構築を試みる彼の姿勢は、どんなに頭の固いリスナーをも唸らせる。彼の初となるスタジオ・デビュー・アルバムは、ハウス・ミュージックに多大な影響を及ぼし、その基礎となった多くの音楽のエッセンスを捉えた、マジカルな作品に仕上がっている。

2000年以来、多くの作品を発表してきたグリンプスだが、その10年間を締めくくるのがこの『Runner』だ。ジャズの実験的な、そして即興性を感じさせながら、絶え間なくスパイラルするループと流動的なインストラメンタル・ソロが印象的な「Feel OK」と「I Know I Show It」。エスニックなヴォーカルでワールド・ミュージックの純粋さと戯れる「Alone Again」、そしてマリンバが力強いオープニング・トラック、「Walk Tall」。

シングルとしてリリースされた「If I Was Your Girl」のアルバム・ヴァージョンは豪華なヴォーカル・ハーモニーを伴い、その後に続くエネルギッシュな「Things To Do In Denver」は、共に荒っぽく、アーバンなエッジが効いた楽曲でありながら、絶妙なバランスを作り出している。また、常にアンダーグラウンドであり続ける『Runner』の終盤を飾るのはダブ・エレクトロニカ・トラックの「Enjoyable Employable」、火花を散るような「Thank You」、そしてファイナル・カーテン・コールは神秘的な領域を行く「Train In Austria」だ。

”僕は古い録音の、あの煙がかったローファイな美学にいつも惹かれてた。このアルバムではそういう雰囲気を捉えたかったんだ、暖かくて、リズミカルで、それでいて耳障りだったり押し付けがましくなく、願わくば何度も聴きたくなるような作品を”とグリンプスは今回のアルバムを振り返って説明する――”アーティストとして、できる限り正直であること、僕が影響を受けた様々な音楽、そして僕の音楽の感じ方、というのをこのアルバムで描写したかった。それに、思考と表現の狭間にある溝を、出来る限り縮めることを目指したんだ”。燃えるような魂を込めて、『Runner』はハウス・ミュージックの本質をも塗り変える。

去年一年だけでもカール・クレイグのPlanet E、Cadenza、Kindisch、それにBuzzin Flyからレコードをリリースしたクリストファー・スペロ(別名グリンプス)は、ここ数年間、アンダーグラウンド・ダンス・シーンで静かに沸騰し続けてきた。昔ながらのレコーディング手法を好む彼は、アナログ機材しか使わず、トラックは全て生で録音している。後に編集はするものの、こういった手の込んだレコーディングが、彼の音楽に即興性を与えている。”スタジオでの制作プロセスは、最終的に出来上がる作品に多大な影響を与えていると思う。アルバム制作を始めた頃は、またサンプリングで色々試したりしていた時期で、最終的には昔ながらのサンプリング手法を使うことにしたんだ、不完全なところも敢えて残してね”。

グリンプスの音楽は、彼が昔から熱中していたブルースやジャズに大きく影響されている。それは、彼の音楽に内在する普遍的な、ソウルフルな魂という形で現れている。ロンドン、ベルリン、ロンドン、という引越しの最中で生まれた『Runner』は、彼の新たな家族の誕生を印付けるものでもあった。”アルバムで聴こえる背景の音の多くは、ツアー中や、ベルリンや、今住んでいるラッドブローク・グローブで行ったフィールド・レコーディングなんだ。僕には、そうやって今いる環境や状況というものを、曲に反映させることが、とても重要になったんだ。『Runner』では、僕をインスパイアした音楽や状況といったものを、感じ取るように聴いて欲しいんだ――それが電車の旅だろうが、ローファイ・エレクトロニカだろうが、ジャズ、ポップ、ダブ、テクノ、或いは一杯のモルト・ウィスキーだろうがね”。

クリストファーは2000年まで、ロンドン芸術大学 (セントラル・セントマーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザイン)で彫刻を学んだが、常に心には音楽があり、その後音楽活動に専念するようになる。その技術を磨きながら、様々なエイリアスを名乗り(Attic、 Olek、Spero)、また自分の作品のみをリリースする名目で、Glimpse Recordingsを立ち上げた。早くから日本では彼の念入りな音作りが注目され、支持を得てきたが、ここ数年ヨーロッパやアメリカもそれに続いている。『Runner』は世界がグリンプスに注目のまなざしを向ける、触媒となることは間違いない。

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Luke Solomon
2008.09.10

イギリス出身。

シカゴ・ハウス第二期となる’96年頃に[Prescription][Guidance]から発表、シェ・ダミエの紹介でデリック・カーターと出会い意気投合、2人で[Classic]設立、ここからブレイズ、メトロ・エリア、イゾレーなどを送り出す。

またジャスティンとの[Music For Freaks]からはFreaks名義のアルバムを計3枚発表、2007年は03年に発表した“The Creeps”がニュー・リミックスを携えポップ・チャートを賑わす!

DJとしても<Classic Party>@The Endをはじめに世界各地でプレイ、こと米西海岸では以前から人気で、ドック・マーティンらと仲がいい。

ルークは’90年、相棒のジャスティン・ハリスと出会ったミドルセクス大・学生会館での金曜夜のパーティでレジデンスDJとして練習を重ね、プロDJとしてのキャリアをスタートさせた。

この時期、彼は魚屋のバイトとともに地元・バーネットのレコードショップで働き始め、ハウスとソウルのレコードを売っていた。

ルークのその後のキャリアは、ロバート・オウエンズ、フェリックス・ザ・ハウスキャット、ジェイミー・プリンシプル、マスターズ・アット・ワーク等を出した[Freetown]に職を得て保証される。

これをきっかけに、ルークはレコーディング・キャリア、ラジオ生番組を、この後長きにわたる関係となったロブ・メロ、ケニー・ホークスとそれぞれ始めることとなった。

ロブはルークをスタジオに迎え入れ、(レコーディングの)手ほどきをした。

彼らは[Freetown][Prescription Underground]用のプロダクションを制作、ルークがデリック・L・カーターに出会ったのは、[Prescription]のオーナーのシェ・ダミエを通してだった。ふたりは(クラブのやっている)深い時間やヤバいパーティに感じていた魅力のおかげで、たちまち意気投合した。

ここからDJスニーク、イゾレー、ティーフシュワルツ、グリーンズキーパーズといったアーティストが所属する、DJのレーベル、[Classic]が発足されたのだ。

この間、ルークとジャスティンは自身のプロダクション・チーム、Freaksとしての活動を深めていき(発展させていった)、ふたり自ら主宰する[Music For Freaks]のためにFreaksとしてレコーディングを行い、『The Man Who Lived Underground』(’03)を含む3枚のスタジオ・アルバムを完成させた。こうした道のりが現在へと至る。

ルークはレコードレーベル・ビジネスから一歩離れ、制作に集中することを決断。Freaksの最新作『Psych』では、ドイツの[Ladomat]と契約を結んだ。

彼等は5人編成でツアーを行い、スイスやオランダなどその他多くの国々で新たなファンを獲得。ルークは自身の作品のリ・エディットと制作で多忙で、レイディオ・スレイヴ、ヘンリク・シュワルツらと作業をしている。

現在[Crosstown Rebels][Gallery][Icon][Rekids]などとシングル契約を結んでおり、最近では[Cajual][Relief]の世界観に招かれ、“Monsters”と題された[Cajual]からのファースト・シングルを作り終えたところである。

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CHLOE
2008.09.10

フランスのミニマル・エレクトロ・シーンで唯一無二の個性を放つ女性DJのクロエは、元ブラックストロボのイヴァン・スマッグと共にフランスでも指折りのカッティンエッジなパーティとして知られる<KILL THE DJ>を主宰、その多彩なレパートリーと深い音楽的洞察で00年代初頭から一部のファンのあいだで話題を呼んでいた注目の逸材。

KILL THE DJのほかにも<Bpitch><Karat>や<Crack & Speed>といった先鋭レーベルからシングルを発表する傍ら、Booka ShadeやKrikor、Simon Saysなどの楽曲をリミックス、主にミニマル畑で活動を展開、プロダクション、リミックスの数は決して多くないが、いずれも高いクオリティを有するものばかり、ファンのあいだではオリジナル作品の発表が待ち望まれていた。

2004年にパリのレーベル<HUMAN>からミックスCD『I HATE DANCING』を発表、イヴァンの『How To Kill The Dj』にも比肩する独特のダークゴシックな世界を演出、賞賛を浴びる。2006年にはイヴァンとのダブルネームによるミックスCD『The Dysfunctional Family』をリリース。アルバムへの機運は高まるばかり。

そして2007年、ようやくフル・アルバムが完成!

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TOBY TOBIAS
2008.09.10

80年代後半~90年代初頭のイギリスRAVEカルチャーに影響を受け、ティーンエージャーの頃からシンプルなローランドのサンプラーで楽曲制作を始める。

アートカレッジでの初DJ体験を機にディープな選曲が受け、UK各地からDJオファーが来るようになり、自らもイベントのオーガナイズを始めるようになった。2000年にスタジオパートナーCraig ‘Alexis Forge ‘ Macculoughと出会い、その作品がLow PressingsやChiken Lipsのスティーヴ・“フェラ”コーティのレーベルBearfunkからリリース。

それ以降はOdori, Hi-phen, Tiny Sticks,など様々なレーベルからディープで良質な作品を発表していたがRadio SlaveのレーベルREKIDSからのヒット「A Close Shave」「The Feeling」以降はリミックスが殺到。

Beat Freeze, Bent, Bloop recordings, Dialectといったレーベルでリミックスを連発、Prins ThomasやThe Glimmers、Francois KからRicardo Villalobos,Tiefschwarzなど幅広いアーティストからサポートされている。

2008年、ついにファーストアルバム『Space Shuffle』をREKIDSからリリース、日本盤も発売され話題に。

そしてサトシトミイエ久しぶりの作品MES 「Madrugada」(SAW.RECORDINGS)をリミックス。

DJとしての活動もDanny Clarkと共に毎月“latenightaudio“というパーティを主催し自らもプレイしている他、旬なゲストDJを招き人気を博している。

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