THE JUAN MACLEAN ザ・フアン・マクリーン

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悪魔的な指導者――ドクター・イーヴィル(「オースティン・パワーズ」)だろうとサイドショー・ボブ(「ザ・シンプソンズ」)だろうとザ・モナーク(「ベンチャー・ブラザーズ」)だろうと――に聞いてみれば、世界を平伏させるのは、ホストを務めたディナー・パーティーを成功させるようなものだと答えるだろう。それには、入念な準備と計画が必要とされるのだ。図面のようなもの。全ての構成要素がうまく収まるように整えるのには何年も要することだってあるかも知れない。

だが、ひとたび収まってしまったら? 世界征服など朝飯前だ。

21世紀にさしかかった頃から、DFAのクラブ・ミュージック・マエストロ、フアン・マクリーンは基礎作りをしてきた。まず、2002年の「By The Time I Get To Venus」から、昨年の世界的なメガヒットにして批評家たちの年間ベストにも名を連ねた「Happy House」や「The Simple Life」に至るまでのキラー・シングルがあった。そして、最初のフル・アルバム(2005年の『Less Than Human』)、エール、チキン・リップス、ダフト・パンク、デヴィッド・ガーン、マシュー・ディアといったアーティストのためのリミックス、カット・コピーやショッキング・ピンクスとの世界ツアー、テルライド(コロラド州)からテルアヴィヴまでのDJセットもあった。

そして作戦の次なる段階となったのが『ザ・フューチャー・ウィル・カム』である。ザ・フアン・マクリーンの2枚目のフル・アルバムは、いともたやすく産み落とされたように聴こえるかもしれないが、騙されてはいけない。このレコードは、非常に注意深い計画に従って作られたのだ。「アルバムのプロダクションに入る前、曲を書き始める前か ら、僕の頭の中には、審美的な、そしてコンセプト上の指針がすでにあったんだ」とマクリーンは認める。「僕はその指針に忠実に従っていい結果が出た。」

第一段階:「僕は数年間にわたって自分のライヴ・バンドとツアーをした経験にすごく影響を受けたんだ」ニューヨーク州ウッドストックにあるレコーディング・スタジオに籠ってひとりで苦労するよりも、彼はニック・ミルハウザーとアレックス・フランケル(DFAのファンにはHoly Ghost!としても知られている)、さらには非凡なドラマー、ジェリー・フックスを招き入れて様々なパーツを録音した。「僕は自分だけでできることはもう十分やっていたんだ」スタジオに精通した経験豊富なベテランも認めざるを得ない。「非常に稀な例外を除いて、音楽はいつでも他の人々からの影響を取り入れることでより良いものになるんだ。」

そこで、第二段階へと入る:「次の指針は、ヒューマン・リーグに立ち戻ることだった」とマクリーンは明らかにする。そしてそれは最初期の重苦しい「Being Boiled」の頃の彼らではない。その雛形の骨格となるものはすでにきれいさっぱり拾われてしまった。『ザ・フューチャー・ウィル・カム』のサウンドと曲は、第2期ヒューマン・リーグ、すなわち1981年の世界的なベストセラー『Dare』の頃のラインナップの最良の部分に見習ったものなのだ。

マクリーンは、このクリエイティヴな選択について自己弁護めいた言い訳は一切しない。「ザ・フアン・マクリーンとしての僕のキャリアにおいて、指針となる原理は、以前よりもダンサブルでインストゥルメンタル中心なものから始めて、いずれは完璧な3分半のポップ・ソング作りへと移行するということだった」ちょうど今、彼はこのクリエイティヴな弧の中間地点あたりまで来たと見ている。とすれば、(ヒューマン・リーグの)「Don’t You Want Me」に匹敵するような曲を幾つか作るには申し分ないタイミングだ。「Happy House」の冒頭の何小節かが満員のナイトクラブに及ぼす影響を見てみるといい。それがリスナーの中に誘発する横溢たるや、時の試練を乗り越えたシンセ・ポップの古典的な名曲の目が眩むような高みにも軽く匹敵している。

「男女ヴォーカルの掛け合いがあるアルバムを作ってみたかったんだ」とマクリーンは続ける。地元のディスコに出向いて、ダンスが上手そうな流行りもの好きの女の子を何人か採用するよりも、彼はクリエイティヴな引き立て役であり、DFAの要となる人物、ナンシー・ワン(LCDサウンドシステムの一員でもある)を指名した。彼女は意欲的な共謀者だった。「私たちが取り組んだ最初の曲から、彼は自分のヴォーカル・パートをすでに完成させていて、私のヴォーカル・パートにその対となる役割を与えたいと思っていたの」と彼女は回想する。「そこから男女の掛け合いが聞こえてきたというわけ。」

第三段階は、好むと好まざるとに関わらず、全くの自然な成り行きだった。「絶えずツアーやDJをやっていて家を空けていた――これはナンシーにも当てはまることだった――ことのひとつの帰結として、個人的な人間関係だったり恋愛関係だったりが崩壊して無残な爪痕が残ったんだ」とマクリーンは言う。「クラブ・ミュージックの世界での一般的な歌詞のトーンとは対照的に、僕はできる限り直接的で、正直で、誠実でありたかったんだ。」ユーモアがこのバンドの美意識にとって不可欠なものであることには変わりがないが、それは悪戯っぽく刺のあるも のでは全くない。ここで表現されているセンチメントにはごまかしがない。

こうした点を押さえつつ、フアンとナンシーは素早くアルバムを書き上げ、録音した。アイデアを引き延ばして壮大な12インチシングルに仕立て上げるよりも、彼らはサウンドと楽曲の構造を歯切れ良く簡潔なものにしようと腐心した。無情なまでのエディットを施し、「セクシーバック」(ジャスティン・ティンバーレイク)を繰り返し聴くこと で、焦点が維持された。その結果生まれたのは、ほろ苦いジャブの応酬がある「One Day」からアンドロイドR&Bの「The Station」に至るまで多岐にわたっている。最も遠くにある極端なところでは、簡素で荒涼とした「Human Disaster」が、「Happy House」でクライマックスとなる反復に対して冷ややかなコントラストを成している。

ワンは、『ザ・フューチャー・ウィル・カム』の洗練と精度が、一部の熱狂的なファンをびっくりさせるかもしれないということを認めている。「フアン・マクリーンの熱心なファンが驚くだろうということは分かってるの。だってヴォーカルの要素が格段に増えているし、これまでよりもずっとポップだからね。」だが、彼女は多くの人たちからの抵抗を恐れてはいない。そしてその必要もないだろう。最初から最後まで十全に具体化され、非の打ち所なく仕上げられた『ザ・フューチャー・ウィル・カム』には、何百万ものリスナーを武装解除する用意ができている。

世界征服? それは、1、2、3と言うくらい簡単だ。ザ・フアン・マクリーンに聞いてみればいい。

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