PARA パラ

パラ(PARA)

PARAは新バンドではありません。5年間のコンデンスがあります。
PARAは、2001年に、山本精一と、ドラムス・パーカッションのCHINAの二人で結成された。当初から基本コンセプトは現在と変わらず、構築性をベースにした、室内楽的グルーヴ(!)の追求だった。
二人での活動期間は無いに等しく、すぐにキーボード/シンセのIEGUCHIとスペース・ギターのYOSHITAKE EXPE(nutron*)が加入(2001年の時点でバンド名は ”Partie”)。さらに、翌2002年にはキーボード/シンセの西滝太(Suspiria*, PORT)が加入。『X-GAME』収録曲の「CUBE」(M1)と「ARABESQUE」(M4)は、この頃すでに完成されていた。山本は、ギターではなくベース(・ギター)で参加しており、二台のキーボード/シンセによる「フレーズの組み上げ」をメインに据えていた。2003年に千住宗臣が加入。当初はパーカッション的なプレイだったが、次第にCHINAとのツイン・ドラムへと移行してゆき、二台のドラムによるリズムの「織り成し」が行われていた。
2005年、山本がギターへ移動。それに伴い、西がシンセ・ベースを併せて演奏するようになる。11月に、オリジナル・メンバーで当初のリズムを作っていたCHINAが不慮の事故により急逝。これにより、ドラムは千住のみになる。千住はこの年から、Boredoms/V∞redomsにも参加する。
2006年11月『X-GAME』リリース。東京・大阪でリリース・パーティーを開催。メンバーの企画によるイヴェント”Systrum”を軸に、今後はライヴ活動も本格化させる予定。
今年6月にLESS THAN TVからデビュー・アルバムを発表したアヴァンギャルド・ハードコア・バンド。
2004年のフジ・ロック・フェスティヴァルにも出演したスペース・ファンク・デュオ。
PARAにあっては、演奏者の側にいろいろな制約やルールが科せられており、演奏者は常に不自由を感じながら、同時にそれを超えて、ある「とびきり自由な」場所へ到ることを理想とする。ひとつひとつのフレーズが反復を繰り返し、拡散し、収斂するプロセスの内で、重層的に織り成され、編み込まれ、組み上げられてゆく。だんだんと、アタマとカラダの境界がぼやけ、ある瞬間には、両者が分離さえするという状況を呈する。そこにおいては、各々の演奏者の作家性は消滅し、ただひとすじに「曲そのもの」へ向かって突き進むのみなのだ。演奏という行為が身体性を離れる瞬間である。あるいは、もうひとつ別な身体性を獲得するということなのかもしれない。このことが正しく成功したならば、「肉体的」でなくても、十分にグルーヴを生むことができる。アタマでもカラダでもない、その中間でもない、何やら奇妙だが魅力的なグルーヴ。
PARAでは、いわゆるインタープレイもあまり行われず、ソリストも存在しない。そのことはともすれば、とても内省的で客観性の強い、コンセプチュアルに過ぎる表現につながる危うさを孕んでいる。そこで、そうした「気難しさ」「生マジメさ」を回避すべく導入されたメソッドが、ひとつは「ゲーム(遊び)」という概念。今ひとつは、反復(ループ)の多用。ループは、どんな抽象的なアプローチも瞬時にPOPと化す、グルーヴを生む。小難しいフレーズも、人力でサンプリングされ、ループされることによって、一挙に特異性が薄れ、POPの泡に包まれてゆく。一方、フレーズの組み上げ、積み上げや、ユニゾン等によって構築、構成されてゆく、楽曲の形成過程の中では、各自の「持ちフレーズ」の絶えざる変化に、一瞬たりとも気を抜くことができない。そのままだと、とても堅苦しい、ストイックなだけの味気ない音楽になってしまうので、PARAでは「エラー・システム」というものを用いて、例えば誰かが弾き間違えても、そこからまた新たに、フレーズの組み上げが始まり、今までの経緯とは全く別の曲が出来上がってゆく。このことがまさに我々の理想とする、あまり見られない種類の自由な即興演奏なのだ。不自由を与えられることによって得られる自由、緊張感を強いられることによって生まれる遊び。そうしたものの中にこそ、即興音楽の新しいカタチが潜んでいるのではないかと思うし、PARAと呼ばれる、この奇妙な数学的室内楽グルーヴ・ユニットの可能性もあるはずだ。のんびり聴いて下さい。